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行ってきた

入院中に考えていたこと。

退院したらハワイに行きたい。

もともと結婚の際にハワイ旅行を考えていたが結局行けず・・その後、まとまった休みを取るのは難しかった。

ということで退院後の十月半ば、オアフ島へ。

一週間の滞在、無理のない予定でゆったり過ごしました。

画像は宿泊したホテルのものが多いです。




ワイキキビーチ。ハワイ来た~と実感。

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部屋から。まったり過ごせました。

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金曜日にはホテルのビーチから花火、部屋のすぐ近くで上がり見とれる。
(ち、ちかい・・衝撃音にちょっとビビる。。)

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ハナウマ湾。足が付く位置にも多くの魚がいてシュノーケリングを楽しめた。
(左半分つるつるの頭だったが・・気にせず泳ぐ)
イルカと泳ごうって感じのツアーにも参加したが、こっちの方が自分たちは楽しめました。

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カイルアビーチ。ワイキキもいいけど、人が少なくゆったりとした雰囲気に浸れた。

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ダイヤモンドヘッド。パンフレットには年配の方・お子様も軽い登山を楽しめます!って書いてたが、後半は結構。。
登頂の達成感で気にならなかったけど、曇っとるなぁ・・。

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外食もいいが、たまには部屋でピザ+チキン。美味し。

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さぁ帰ろう。あと一週間くらいは居たかったな。

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ハワイ到着日、空港~ワイキキへバスで向かった。
バスの後方で、日本人男性の一人「尾てい骨が痛えぇ・・多分折れてると思う、いてぇ~」
辛そう・・・到着早々、君に何があったんだ?大丈夫だったのかな。。


食事。

印象深いのはエビの美味さ。二件で食べたけどプリプリとした食感・ガーリックの味付けに惹かれた。
ポケやアサイボールにも満足。
ホテルでのサービスステーキ(50㌦)期待したけど、硬かったな・・。

ハンバーガー・ロコモコ。どちらも肉はジューシーで美味かった。
ロコモコのデミソースは結構甘め。


買い物。

1㌦80円くらい。自分で欲しいものは特に無かったので両親・嫁に財布。
親戚・友人にパイナップル味のチョコやクッキー・アロハなど。

買い物は主にアラモアナというショッピングセンターに行ったが・・・とにかく広い。
250店舗ほど?あり、目的地に行くのに迷った・・そして嫁とちょっと険悪に。。

嫁とは滅多にしない喧嘩を滞在中に数回する。
微妙な英語力による言葉の問題、リサーチが足りず順調に進まない予定にお互い苛立つ。

幸い自分たちの喧嘩はすぐに収まったが、成田離婚はこの積み重ねで起こるのか・・・ちょっとだけ分かった気がする。



「ハワイ、行こうね」入院中、腫瘍が再発し茫然としていた自分に嫁が掛けてくれた言葉。

叶えることが出来ました。(ま、喧嘩は予想外だったけどね)

またいつか行きたいなぁ。



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感謝

2011年、5月に脳腫瘍を発症しその後の経過・感じた事を何か残しておきたいと退院後に始めたブログ。

ちょっと飽きやすい性格のため・・時間が掛かったけど発症~退院までを書きました。

病気について淡々と書いてる様子を不快に感じた方もいらっしゃるかもしれません。
自分を客観視する部分があるとたま~に言われます。


発症・手術・再発・放射線治療・腫瘍増大・再手術・放射線治療(なげ~)の過程で初めて自らの死を意識し、置かれた状況に涙して気分が沈んだ時期もありました。でもなってしまった物はしょうがない、医師の説明に納得をしたらあとは出来得る治療に向かう。そんな気持ちで過ごしていました。


退院後、10月・12月にMRIを行いましたが異常なしです。結果に安心していますが、自分の腫瘍は増殖の速度が異常に早いものだったので今後も定期的に検査を続けていくことになると思います。

発症の際に感じた文字が読めない・字が書けないという症状は初回の手術の後に改善したように思えましたが、やはり病気前と全く一緒とは行かず不便を感じることもあります。

そんな自分が歯がゆく、ちょっと悲しくなる事もあります。勉強頑張ろう。。

病気の前、日々の生活の中で多くの事は望んでいないつもりでした。仕事・嫁の料理での晩酌、友人との遊び。何気ない暮らしの中に幸せを感じていたと思います。
脳腫瘍を患い生活が一変し、五体満足で自分が健康に過ごしていた日常はある意味奇跡だなぁと感じました。

日々の生活のありがたさ。
病気になって得たものは特にありませんがこの点だけは感じています。あたり前、ではなくこの気持ちを忘れないようにしよう。したい。。


今後は退院後の事や検査の結果、日常について書いていこうかを思います。


Yと脳腫瘍、発症~退院までを読んで頂いた方へ。ありがとうございました。



退院

九月下旬。退院当日。

退院できるのは嬉しかったが、同時に少し寂しさもあった。

約四か月過ごした病棟・病室、お世話になった看護師のみなさん。
今日でお別れなんだなぁ・・しみじみ。

当初の予定通り2~3週間の入院であればそんな事は感じなかったかもしれないが、過ごした時間の分思い入れも強くなる。

母が到着。荷物をまとめ病棟を出るときには看護師さんが見送りに来てくれた。

挨拶をしてエレベーターへ乗り込む。軽く涙腺の緩みが・・・。

「また顔出しに来ますね」笑顔で出発。皆さん、大変お世話になりました。




~病院を出て~

昼食は抜いていたので近くの蕎麦屋へ。

ざるそば・・の他に刺身・生ビールを注文。。

退院後の一杯!美味かった!!



放射線治療後 MRI

九月下旬。

放射線治療が終わり、数日後MRIの検査へ。

MRI。。病気の発症に始まり、手術後の再発・さらには腫瘍の増大、それまでMRIで良い結果は一度もなった。

検査を終え結果を待つ。何とも言えない時間・・やっぱり緊張する。

結果が良かったとき、逆に悪かった時も主治医B先生はとても分かりやすい。患者と共に喜び・真剣に考えてくれる。
でも何度も聞いた硬い表情での「Yくん、ちょっといいかな」はもう聞きたくないなぁ。。

結果を聞く前、看護師Hさんとその話をしていると「ちょっといいかなが出たら、もう嫌です(笑)とかは?」とても和んだ、いつもありがとう。

しばらくして病室へB先生。


その表情はとても穏やかだった。


別室で結果を聞く、残存腫瘍は無いと思われるとの事。
退院後は定期的にMRIで検査を行っていく。

最初の表情でわかってはいたが、あらためて聞きとても安心をした。

でも気になることも・・病理で診断された「形質細胞腫」は進行がゆっくりで放射線治療の感受性が高い腫瘍のはず、初回の手術後一ヶ月で再発し放射線治療後も腫瘍は増大している。

有名な大学病院で十分に検査された結果だろうけど、やっぱり気がかり。

その点を先生に聞くと「確かにそうなんだよなぁ」先生も疑問点はあるようだった。
なので他のタイプの脳腫瘍(グリオーマ)の可能性もあるとのお話をされる。

自分の病気はいわゆる「ガン」に変わりがないので、よし完全に治った!と言えるのは何年も先の事になるだろう。でも病気の発症から四か月間入院して一時期はもう駄目なのかもと思っていた自分にとって「残存腫瘍は無い・退院OK」は本当に嬉しかった。

翌日退院することが決まる。

先生は翌日に外出の予定があるとの事でその場でお別れ。

改めてご挨拶「今後も検査でお世話になりますが、本当にありがとうございました」
ちょっと照れたけど、自分を救って頂いたその右手に握手を求める。


握手と共に最高の笑顔を頂きました。




再手術後 放射線治療へ

9月、再び放射線治療へ。

初回とは違う方法で照射の範囲を狭めて行う。
通常一回の治療で終えるものだが照射の範囲が少し広いため、SRTという放射線治療で7回に分けて行うことに。

初回の治療では一回につき3方向から2グレイの照射だったが、この治療では一回の治療で10方向・6グレイを照射した。放射線に抵抗力がある腫瘍に対しても効果が期待できるとの事。

2グレイの照射を計25回の予定で始めた初回治療は腫瘍の増大・再手術により2グレイ×11回で中断していたので、SRTによる6グレイ×7回の治療により自分は合計64グレイを照射したことに。


治療により、軽い食欲不振は感じたが大きな副作用は無かった。3週間後に髪は抜けたけど・・。

間隔をあけながら7回の治療を2週間で終えた。






再手術後 ※グロ画像あります

ICUでは強烈な頭痛・吐き気に苦しんだが、一般病棟に戻る頃にはだいぶ楽になっていた。

初回の手術では一週間後に抜糸、二回目は傷の治りが遅いようで抜糸は十日後に行うことに。

術後一週間、具合も良くなり暇をしてる自分にB先生「体調良ければ外泊してもいいよ」

え・・抜糸前の状態(というか術後間もない・・)で帰ってもいいんですか?? 傷口はふさがってるから良いとの事で三日ほど自宅で過ごす。



八月下旬。

再手術後、抜糸前の画像。髪が抜けてるのは手術によるものではなく初回の放射線治療の影響です。

B 069 (375x500)





現在、with緑茶ハイ。最近はウーロンより緑茶割!


2012-01-13 03.15.24 (375x500)


四か月半で髪はけっこう生えた・・・が、画像では分かりませんが再手術後の放射線治療で数か所脱毛し、今も後頭部に禿げ+前髪が薄いです・・。もうしばらくウイッグのお世話になろう。


自分は近いうちに死ぬかも、そう考えていた頃には髪の毛の事なんて全く気にしなかったのに・・。

欲求は尽きないものだなぁ。。


もうちょい頑張れ!俺の毛根!!

ICU 2

朝、頭の痛みが少し落ち着いた頃。

B先生登場「Yくん大丈夫か、痛みで眠れなかっただろう」
再手術は初回に比べ痛みが強く出ることを聞く。先生・・それ聞いてないっす。。まぁ人それぞれだろうし、あえて言わなかったのかな。

父・母がICUに来たが吐気・頭痛がありろくに会話は出来なかった。

その後、もう一人の担当医が来る。この先生は入院当初にお世話になったT先生の後任のようだが、この再手術の時以外は関わることが無かった。
脳腫瘍を患い、多くの先生のお世話になったがこの先生は自分にとって唯一「なし」の方だった。

手術後、吐気・激しい頭痛に苦しんだことを伝えるも「そのうち良くなるから」との事。
そのうち良くはなるんだろうけどさぁ・・。

明日には一般病棟に戻れますか?「まぁ、そのつもりだけどねぇ」

診察・病状の説明・表情、その後一般病棟で同室の患者さんと話してる様子も見たが・・言葉が軽いなぁ、この人患者の事考えてるのかな?って感じでした。

数日お世話になり、何回か他の患者さんとのやり取りを見ただけなので誤解かもしれないけど。。

看護師さんとの雑談よりも目の前で苦しんでる自分をもうちょい見てほしかったな。
(でも看護師さんとの雑談は楽しいよね。わかる・・・うん、わかるよ)

翌日も一般病棟には戻れず、ICUで三日間過ごした。大変お世話になりました。



~その後~
この先生と再び関わることに。話し方の問題で、悪い人ではなかったっす


ICU

手術後、ICUへ。初回の手術でお世話になり、もう来ることは無いだろうと思っていたが・・二か月後に再来とは。。

自分の事を覚えている看護師さんもいたようで「Yさん、ずっと入院されていたんですか?」
家に帰ったりもしましたが、入院してました。。


初回の手術では発熱に苦しんだ。今回も熱は上がるだろう・・身構える。

しばらくしてB先生、ベッド脇にあったティッシュの箱を自分に見せる「Yくん、これなんて読む」

商品名を読むことが出来た。とりあえず文字の読みは問題なさそう、安心する。


ICU一泊目の夜。予想していた発熱はあまり感じなかったが、吐気・頭痛に苦しんだ。

とにかく気持ち悪く飲んだ水をすべて吐き、その後も吐気が続く。初回の手術では感じなかった吐気は翌日まで続いた。

それ以上に苦しんだのは頭の痛み。深夜から明け方にかけて頭痛が続いた。

座薬を打ってもらい何とか耐えていたが、明け方の頭痛は強烈で脈打つような痛みがずっと続いていた。
頭蓋骨の痛みが治まらず「うぅ~・・」「あぁ~・・」ベッドの手すりを握りしめ、唸っていた。

耐え続けていたが。こ、これはもう駄目だ。。「看護師さん・・何とかなりませんか?」

看護師さんは朝六時まで待ってほしいとの事。よほどのことでない限り担当医にTELできるのは六時以降のようで、しばし待つ。
六時ちょうどに連絡を取ってもらい点滴を始める。少しだけ楽になった。


後で聞いたが、二回目の手術は初回に比べ痛みが強いらしい・・。

それまで治療の痛みランキングは「骨髄穿刺」がトップを独走していたが、陥落です。

骨髄穿刺は一瞬の痛み。この日の頭痛はその痛みがずっと続いた感じだった。。ふぅ~

しばらく更新に間が空いてしまいました。

昨年五月の病気発症。その後の入院・手術・治療、自分が感じた事について何か記録に残しておきたいと思い始めたブログ。


昨年九月末に退院し今は以前と変わらず仕事に通っています。文字の読み書きに軽く不具合を感じるものの元気に過ごしています。

再手術後の入院記、もう少し書いていこうと思います。

プロフィール

リリー

Author:リリー
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