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再手術

八月半ば。

再手術当日、5-ALAを飲んでから手術室へ。

手術室では前回と同じ曲が流れていた。今回もこれなのね。。

http://youtu.be/zH2COl6bf5k

初回の手術の時は麻酔を始めすぐに気絶したが、今回は様子が違った。

ゆっくりと効いたのか中々落ちない。試しに右手を握ってみる、上手く動かない。効いてる。

呼吸がしづらいなぁと感じたあたりに気絶。


目覚めたのは五時間後だった。ICUではなく観察室?での目覚め。

B先生「Yくん終わったよ~、かなり多めに取った」

先生と幾つか会話。たしか野球の話しがでて、チームはどこが好き?

あんまり野球は~(興味がない)。じゃあサッカーは?

好きなチームを答える。先生「会話に問題はないね」との事。

それから手足がちゃんと動くかどうか。右足を上げてと言われた時、何故か自信満々に左足を上げた。
そばには三人の先生。室内の空気が凍りつくのを感じる。「Yくん・・右足だよ」あぁ、そうか・・やり直す。


その後、体温が下がっていたのかとても寒く感じ、しばらく震えが止まらなかったのを覚えている。(もう室内は寒くなかったはず)

CTを撮りICUへ。

父・母・嫁が来た。

「頑張ったね、本当頑張った」母・嫁は安心した表情で自分に声を掛けていた。


父も安堵の表情を浮かべていた、が。

「Y、〇〇が勝ったぞ!〇〇も勝ったぞ!!」(ちょうど甲子園のころ、自分の住む東北地方のチーム)

手術中、待合室で見ていたのだろう。父よ、なぜ今野球の話なんだ・・・。

B先生「え、そうなんですか!?」乗ってしまった。。



手術は無事成功。腫瘍は全て摘出し、再発を防止するため腫瘍の周囲五ミリを余分に摘出して頂いた。




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確率ねぇ~

八月半ば。

再手術の前日、初回の手術と同じようにICUの説明と麻酔科の受診。

ICUの看護師さんには、前回発熱に苦しんだことを伝える。

麻酔科の説明。

リスクを説明する用紙に、様々な問題が起こるのは「何万・何百万分の一」との記載があった。

病気になる前なら、これなら大丈夫だろうと安心する数字。

だが、殆んど症例がない病気になった自分にとって「確率」はあてにならない。どんな事だって起こりうる。。




日本で症例がない病気になるくらいなら・・・宝くじ当たるんじゃね!?

そう思って買い続けているロト6は未だにかすりもしない。。

あ、年末ジャンボ買い忘れた(現在)



手術前の説明

両親・嫁・自分の4人で説明を聞いた。

●放射線・テモダールによる治療を行ったが、腫瘍は制御不能で再手術せざるを得ない状況。

●初回の手術後、病理に時間が掛かり治療まで間が空いてしまった。今回は手術後に回復したら、すぐに放射線治療に取り掛かる。放射線治療も違う方法を採る。

●オンマヤチューブ留置(頭皮下に置く)をして必要な場合に薬剤を腫瘍に到達できるようにする。

●初回の手術では正常脳を傷つけないよう、ギリギリのところまで取っている。残存腫瘍を減らそうとすればする程、周りの脳は損傷するので後遺症のリスクは上がる。

●今回の手術では5-ALAを使用する。薬は手術当日ジュースに混ぜて飲む。ある波長の光を当てると腫瘍が発色し、より正確な手術ができる。


主にこんな内容だった。

父は気になる点を先生に質問し納得したり、ちょっと感情的になりそうなのを堪えたり。

B先生の事を信頼しているが父は病理に2カ月近く掛かったこと、その間に再発し治療が遅れた事に不満があった。そして月一回のMRIではなく頻繁な検査を望んでいた。

母は最初から最後までうつむいていた。先生に文句をいってしまいそうで・・後でそんな事を言っていたがきっとそれは違う。母はとにかく辛かったんだと思う。その気持ちを想うと辛い。



さすがに今回は後遺症があるかもな・・そう思った。





沈む

8月中旬。腫瘍の増大・再手術を告げられ、2,3日は沈んでいた。

想像もしていなかった展開に心が参ってしまった。

あまり人と話をしたくなく、自分は表情が無い顔をしていたと思う。

音楽・テレビ・屋上への散歩。その歌詞・内容・風景はどれも空しく感じた。
自分の心情によりここまで違う物になるんだなぁ。。

多くの時間をベッドでぼぉ~っとして過ごしていた。


自分の様子に先生・看護師さんから「具合は大丈夫?」との問い。

「体の具合は大丈夫です。気持ちの切り替え・手術への心構えの問題です」と答えていた。

「そうだよねぇ・・」と言われる。そうなんです。。


2,3日好きなだけ?沈み続けた後は復活。

結局、やるしかない。





再手術決定

放射線治療により効果が出る・・・はずだった腫瘍。

その大きさは前回のMRIから1センチ大きくなり、1.5センチになっていた。


先生に質問。放射線治療の効果がこれから現れることは無いのか?

これだけ当てても腫瘍が大きくなるのは効果がないか、治療によってさらに大きくなるのを何とか抑えてる状態。
放射線が効かない状態で続けても意味がないので治療は中止するとの事。

「また痛い思いをすることになってしまうけど、もう一度手術をしよう」先生に伝えられる。再手術決定。。


想像もしていなかった・・。病理検査によって診断された「形質細胞腫」は放射線の感受性が高く、治癒を見込める病気。まさか腫瘍が小さくなる、どころか大きくなるとは。。なんでだYO-

放射線治療によって治る。治療を半分こなし、もう少し頑張れば退院!!そんな思いは見事に砕かれた。
副作用に苦しみながら始めた治療。それまでの努力・・はしてないけど、頑張った期間は何だったんだ。。

病気の発症から三か月、また手術か・・これじゃ逆戻りだな。そんな思いもありました。



再手術を告げられた当日。病室に居ると廊下でリハビリ中の女性の声が聞こえてきた。

神経痛の手術を終えたと思われるその女性は痛みがなく歩けることを喜び、そばに居る医師に対し「本当に嬉しい、夢なら醒めないでほしい」と語っていた。
女性の夢は醒めなければいいと思う。


自分の置かれた現実は夢なら醒めてほしかった。






効かない放射線

八月上旬。再発~放射線治療後のMRI。

放射線治療を十回ほど行った頃だった。

七月の病理診断の結果、放射線の感受性が高い腫瘍と聞いていたのでMRIにも不安はありませんでした。

小さくなってるか、もう消えてしまってるかも。そんな淡い期待を抱いていた。

検査後、病室に居るとB先生「Yくん、ちょっといいかな」でた・・ちょっといいかな。。
放射線の感受性が高いと分かって以降、明るかった先生の表情は硬くなっていた・・・何故??


別室に行き先生の最初の言葉「残念なんだけれど、放射線が効いていない」

は?・・・。

先生と画像を見る、一ヶ月前に五ミリだった腫瘍は明らかに大きくなっていた。









回診

「〇〇教授の総回診です」ちゃらら~

某ドラマのような放送でのアナウンスは無かったが、週に一回は教授回診があった。

病棟の責任者である教授、そして学生の教育など回診の必要性を分かってはいてもこれは好きになれなかった。。

回診が始まる頃には病室の皆さん・看護師さん・担当医、各々緊張した面持ち。

多い時には20人ほどの医師・学生さんが病室へ。

皆さん教授・担当医の話しを真剣に聞き、PCの画像を見ていたが・・その眼はあまり患者に向けられていなかったような気が・・・。


教授は担当医の説明を受け、質問・意見を述べていたがいつも淡々とされていて、笑顔を見たことはなかった。

入院中の回診で教授との会話は2.3回だったがある日、肩こりがあり湿布をしていた自分に教授「肩、凝るの?」軽く微笑んでいた。

「あ、笑った」いつもはふてぶてしい感じの教授スマイル。ちょっと得した気分に。。



改めて言われると

病気を発症してから数人の先生の話を聞いたが腫瘍の表現は「おでき・出来物」が多かったと思う。

7月末に病理の結果が出て放射線の回数が25回に減った際、放射線科の先生から「Yさんの・・がん、は放射線がよく効く」という説明があり思ったこと。

そういえば「がん」って初めて言われたなぁ・・悪性腫瘍=がんと分かってはいたけど先生の口から聞くと自分がガン患者であることを改めて意識した。先生も言い辛そうだったけど。。

少し口下手だが、一生懸命説明をされる「真面目」って感じの先生だったなぁ。

暇人

八月初め、放射線治療を続ける。

一日のうち治療の時間は十分ほどなので基本的に暇人でした。

治療を始めた頃は吐気に苦しんだが、徐々に体も慣れ調子も良くなっていた。(暇って感じるくらいだし)


病室ではスマホ・漫画・PSP等で暇つぶし。こんな時だから何か勉強するとか有意義に時間を使えばよかったかもしれないが・・駄目だなぁ俺。。

そんな暇人生活を送っていた自分に友人O君がDVDプレイヤーを贈ってくれた。感謝。

病院の近くにあるツタヤに借りに行き、一日で三本見たり・・どんだけ。。



病院生活が長くなり入院グッズ・着替え・頂いた差し入れなど私物も増えてきていた。

ある日、新たな入院患者さんに看護師長が病棟の説明「病室の床には物を置かないでくださいね」

これはやばい・・自分のベッド周りは棚に入りきらない多くの物が。。

案の定、看護師長は自分をロックオン!軽く怒られる・・師長、ごめんなさい



~「剱岳~点の記・撮影の記」~

友人K君から差し入れのDVDをもらった。山登り経験は無いがとても映像が美しく、そしてストイックな映画だった。
ベッドに置いていたDVDを見かけた看護師Hさん「この映画いいですよねぇ、実は自分も山登りするんです」

おぉ、意外なところにクライマーが。 話しが弾む、K君・・ありがとう。。



骨髄穿刺(マルク)

骨髄液を採取して、異常な形質細胞が無いか検査することに。

少し痛みがあるとは聞いていたが・・・自分の場合、強烈な痛みを感じました。。

腸骨(骨盤)か胸骨から採るとの説明。

自分は骨盤からで、横になった状態で後ろから採取。採るところは見えなかったけど、胸からの場合は針を目の前にするのか・・それも怖いな。

当日、血液内科に行き看護師さんの説明「少しだけ痛いんだよねぇ」

M先生、看護師さんの二人で取り掛かる。

始める際、看護師さん「結構痛みますよ」その表情は硬し。あれ、さ・・さっきと話が・・・。

まずは麻酔の注射。「いっって・・」思わず声を出してしまった。

その後、針を変えて髄液の採取。
自分の骨は硬いようで針が入り辛く、一回では採れなかった。

採取している時は、腰の周囲までビリビリと痛みが。

無事終了、軽く放心・・・。

あまり痛みを感じない人もいるらしいが、二度とやりたくないっす。。


その後の検査結果、異常な形質細胞は見つからず「多発性骨髄腫」では無いとの診断を得ることが出来ました。



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