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彼の願い

葬儀を終え1週間ぶりの自宅

彼のケータイに残っていた
(これは葬儀用か?)
と思われる文章を見つけていたので

そのまま葬儀の喪主挨拶で
引用しました。




・・・・・・・・・・・・・・

2012.2.28

昨年、病気を乗り越えもう大丈夫だろうと思っていた自分は、5ヶ月での再発、そして急速に成長する腫瘍にとても驚きました。

症状は日々進行していき、自分の脳が病気におかされて行くのを感じています。

治療の効果に期待をしているけど、置かれた状況は非常に厳しく、自分が自分でいれる時間は残りわずかかもしれません。
これといった野望を抱えて生きてきたわけでは無いけど、日々の何気ない生活に幸せを感じていた自分にとって、病気により日常を奪われた事はとても残念で、悲しいです。
平均寿命くらいは生きたかったなぁ。

五体満足、普通のありがたさ。
なかなか普段感じるのは難しい事だと思います。
まぁ、自分は普段から感じてたんだけどね。
ハードル低いなぁ俺。。

皆さんに何かを伝える、そんな大した言葉は残せないし、偉そうな事を言うつもりは無いけど
「一日一日を、日々の生活を大切に過ごして下さい」

自分は肉体を失い居なくなってしまいますが、いつも皆さんを見守っています。

良ければたまぁに思い出して下さいね。
自分は皆さんの中でも生き続ける事ができます。

皆さんの健康・幸せを願っています。
ありがとうございました。
心から、ありがとうございました。

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9月12日午後9時
主人は永眠いたしました。

その間のこと
書き残しておきたいことがたくさんあります。

それは改めて書かせて下さい。



本当に最後までかっこいい主人でした。

最後の方は
しゃべることができなかったけど
伝えたかったことは
みんなの心に届いてるよ

だから安心して!
あの優しい笑顔でみんなを見守ってね


そして私をあなたの嫁に選んでくれて本当にありがとう。
姿かたちはなくなってしまいますが
それだけのこと。
夫婦であることには何ら変わりはありません。

これからもずっと気持ちは繋がってる!
そう私は思ってるから
これからも宜しくね!





いびき

バタバタの数日間

あれから…

術後安定しました。

とりあえずここ数日のヤマは超えました。



21日再び呼び出し。

脳の中心部

松果体と脳幹近くにある腫瘍

それと脊髄の喉付近に2ヶ所ある腫瘍に対して

放射線をあてる方針を告げられる。


脳幹部分には2月にSRSを照射しています。

今回の放射線は定位放射線照射3グレイ2~3週間

照射範囲を狭めて一点に集中してかけるSRSに対して

こちらは広範囲に回数で攻めていくので

腫瘍から5ミリほど広くあたります。

既に使用限界を超えている放射線の選択。

2月に照射した脳幹部分と今回の照射部分が重なった場合は

その部分の機能は失われる。

脳幹は生命維持の上で一番重要な部分。

この選択が命取りになりうるリスクはある。



両親の意向により23日から開始しています。




日中

眠ったり目を開けていたりを繰り返している様子です。

意識はあってもあまりはっきりしていないと思います。

私が病院に向かう夜は

Zzz…

看護師さんに起こしてもらうも

うん…Zzz…


冷たい手。

皮膚もハリがなくしわくれてきた。

顔を拭くと髭・睫毛・うぶ毛がぱらぱら抜ける。

今までだって脱毛何度もあったけどなんだか悲しい。


いびきをかいて眠ってる。

その姿が生きてるんだなと実感できる。

生きてる。



いつもそそくさと帰ろうとする私に看護師さんが心配して声を掛けて下さります。

できることならずっと側にいたい

それもひとつの選択。


現実を直視できないのか冷静なのか無感なのか

自分でもよくわかりません。



でも今日は休みなので

早めに病院に向かいたいと思います。

17日朝

出社前に病院に顔を出し

1時間もせずに呼び出し。

瞳孔が開いたり意識レベルが良くなく

観察室へ移りました。



頭のMRIの結果

脳脊髄液が脳を圧迫していて意識障害が起きているそうです。

昨年9月の手術で脳内に残していたオンマヤチューブを使って脳脊髄液を抜くことに。

脳脊髄液を抜くことでここ数日改善が見られない場合は打つ手なしとのこと。

問いかけに応じず急な呼び出しで家族も動揺を隠せず。


夕方再度面会に行った時、

ぱちっと目を開けてその後は朦朧としていたけど

“帰るよ”に反応があり少し落ち着いて帰ってきました。



今朝18日

7時に病院から呼び出し。

1時間後に先生から話しがあるとのことで急いで支度をして向かう。

安定していたように思っていたが

昨晩は不安定な状況だったようです。


昨日は不運にも直接主治医の話を聞くことができなかったが

久しぶりに見る彼の頭の画像は

大きな湖のように広がる黒いもの髄液と

数えきれない程の腫瘍。

脳幹近くの腫瘍を手術でとの話があったが

ハイリスクで今の状況では体力的に厳しい

ICE療法は効いてないし副作用が強いためこちらも体力的に厳しい

唯一彼に効く放射線を主要な部分にかけるというのも意識レベルの

改善がみられる可能性があるが他の腫瘍の数が多すぎる。

放射線の量も限界近いと言われていたのでここで使用するということは

助かるための治療ではなく延命のための処置でしかない。

延命の論議は彼ともしていたが

今の状況を果たして彼はどう判断するのだろう。




一度会社へ向かうが夕方再び呼び出し。

先生が今すぐ来てくださいとのことです

とだけ言う看護師さん。

内容は頑なに言ってもらえない様子。


病院へ急いで向かうと義父母はまだ到着前

彼と私

家族の前ではあまり涙を見せないようにしてきたが

この時少し涙してしまった。


血相を変えて飛んできた義父母たちは

朝の呼び出しから

決められてる面会時間の合間を病院で過ごし

やっと帰路についた矢先の呼び出しだったので気の毒でした。



オンマヤチューブは元々

抗がん剤を直接髄液に注入するためのものだったが

彼には合わず1度きりで使われていなかったものでした。

そのチューブでは細すぎて髄液がうまく排出できないため

今から緊急手術をして頭に穴を開けて管を通すことに。

1時間強で手術を終える。

本来であれば汗などの衛生面の問題で額の辺りから管を通すそうだが

彼の場合

前頭葉にも腫瘍が広がっていて腫瘍に傷をつけると出血してしまうため無理。

後頭部から管を通してもらいました。

髄液を抜きすぎても

腫瘍からの圧力で脳ヘルニア?になる可能性があるそうです。




・・・・・・・・・・・・・


モルヒネは量が減ってはきていたが

意識混濁の状況ではモルヒネ効果なのか

なんなのかかわらなくなるため観察室に移った時に中止。



腰の腫瘍は

前回半分の大きさになりほっとしていたが

一昨日のMRIで近い部分にひとつ見つかった。




・・・・・・・・・・・・・


“唇がカサカサ”

気にしてくれた担当看護師さんが

彼にリップクリームを塗っていいよと言ってくれた。

普段使わない人だったけど

私のリップクリームを塗った。

反応はなかったけど

久しぶりに彼に何かができた。

真っ白な唇。



ホテルマン

眠り続けていた。

話しかけても反応しないか

混濁して何かわからないけど何かを言ってみたり。

“きたよ”と“帰るよ”にはうんうんと頷く。



夢の中で主に仕事をしているようです。

〇〇号室の…

病棟の話しではなく

彼はホテルマン。

団体リストがどうした

あの手配書は…など。

元々同僚だったので話しに合わすことができた。

安心してまた眠っていく。



トイレは上体を起こすことが辛くなり横になりながら。

夜は何度も失敗をしてしまいトレーニングパンツを使い始めました。

義母には使うことを反対されたが看護師さんの提案でそうすることにした。

病院着も今まで拒み続けてTシャツとジャージだったけど

ごめん。。



ふと布団を除けて足を見る。

私の手首より細くて白いふくらはぎがあった。

こんなに痩せてしまって。。



15日

ぱっちと目を開けて

誰さんと誰さんがいるけどどうするの??

その後も何を言ってるかわからないけど

適当に話を合わせて薬を飲ませる。

眠ってばかりだったので話していることが

少し嬉しかったけど不安になった。




16日夕方

訪れるとベットが移動していた。

一番入口のナースステーションからよく見える位置へ。

寒がり汗をかいていた。

忙しいところ申し訳なかったが看護師さんに着替をお願いした。

問いかけにあまり応じず。

この日腰の腫瘍のMRIがあったが

結果はこの日のうちに知ることはできず。


ここ数日よくない気がする。

ベットの移動もあり不安に感じつつも帰路についた。

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